悠のおはなしのおはなし

異世界転生モノとファンタジーとゲーム

人気なのはいいけれど

異世界転生モノ、流行ってますね。 いや、もう下火なのかもしれませんけれど、それでも結構多くの作品が好まれているんだな、というのは思っています。 書く側としては、いささか旬を逃した感じもありますけど。

ただ、異世界転生モノに関しては個人的に気になる部分があるんですよね。 しかも、実はファンタジー小説のあり方にも結構影響する部分なんです。

昔からある異世界転生モノ

異世界転生というのは、90年代にはもうメタネタやパロディに使われていたくらいポピュラーな手法です。 一言で転生といっても、死んで異世界の住人になるパターン(大体トラックに轢かれるのがお約束)と、異世界に召喚されるパターンがあります。 私が幼少期に触れた作品だと、「魔法騎士レイアース」と、「ふしぎ遊戯」かな。これはどちらも召喚されるタイプですね。

純粋なファンタジータイプの作品はもっと古くからあったわけですが、「現代日本の人物が召喚される」ことに意味がある場合もあれば、ない場合もありました。 意味がある場合としては、現代の常識が通用せずギャップに戸惑うことによる、能力的な面だけではない「主人公の成長物語」が構築できること、作中の世界観の説明が違和感なくできること、「知らなかった」ことによるトラブルや失敗を作り出せること、そして「元の世界に戻る」という動機を設定できること、を活かす場合です。 意味がない場合は、基本的に「現代の日本人を主人公にするため」程度の話になります。あと、導入部を描くのが楽だから。

逆に「現代の〇〇を持ち込んだら」みたいな話も結構定番ですね。

ちなみに、私が一番最初に書いた作品(Eternal Earth)が異世界召喚モノでした。

「チートにすると楽」なわけ

ところが、実は異世界転生モノって書くの以外と難しいです。

ファンタジーものの場合、主人公は前提としてその世界観で生きてきた人物であり、その世界における知識と立場があります。 それと比べると、元々異世界の住人ではない者が異世界に生きる、となるとその世界で生きる術を獲得させないといけません。 本当はそこを丁寧に描くべきなのですが、多くの作品ではそこは「チートでなんとかなる」方向になっています。 「なぜか言葉はわかる」をはじめとして、有利な条件を揃え、さらに現代人には困難なはずの生活能力も最初から備わっている状態にしてしまうわけです。

Eternal Earthでは主人公ディミトリスはフェルミナに最初に発見され、それ以降アルストリス家の庇護下にある、という状態にしました。 ディミトリスは剣聖フォルストの下三年の修行を経て戦闘可能な能力を獲得します。 このように、私としては精一杯「その世界で生きられるようになる過程」を描いたつもりだったのですが、アルナを保護するなどのディミトリスの勝手な行動があってもアルストリス兄妹がディミトリスの世話をすることなどに対するツッコミが入りました。 「そこらへんは有耶無耶にする」というのは、そもそも描くのが難しい部分だから描こうとしたほうがボロが出る、という部分もあります。

こうした点を考慮すると、異世界転生モノにおいてチート設定が跋扈するのもそれなりの動機があります。 チート能力によってのし上がる、という状況によって、その主人公の立ち位置を説明できるようにするわけです。

そもそも主人公にチート設定があるというのは昨今に始まったところではなく、それどころか「作者自身の願望を投影したスーパー主人公が好き放題する」という私小説なんて、昔っからありますしね。

いじわるな見方をするのであれば、現実世界におけるヒエラルキーを獲得できなかった作家が、現実世界における閉塞感から現実世界において幸せになる方法、成功する方法というものを思い描くことができず、異世界という現実世界とは関係ない世界であれば現実世界でうまくいくとは思えないような荒唐無稽な成功物語に説得力があると考える、もっと悪く言えば「この世界ではこんなだけど、異世界に行ったら世の中楽勝だろう」という舐めきった姿勢の人も、もしかしたらいなくもないかもしれません。

ただ、一般的に考えれば主人公が凡庸であるというのは、物語の発生の余地が少なく、話が難しいです。 スーパーマンだろうが、ランボーだろうが、ミッションインポッシブルだろうが、あるいはドラゴンボールだろうが主人公は非凡な力を持っているものです。 変わった例で言えば、ターミネーターの場合、主人公は非凡ではあるものの戦闘能力上強いといったことはなく、守られる「重要人物」に位置にいますね。少女漫画なんかではあったりする展開ではあります。

「説明なく、なぜかうまくいったことになっている」よりは、チート能力によって特別な地位な至るというのはちゃんと設定を作ろうという努力が認められる…のですが、それはちゃんと納得できるものだったり、物語に深みを与えるものでなくてはいけないわけで、「物語を成り立たせるためのチート」ではなく、「チートであること」に重きが置かれると、「だっさい私小説」のいっちょ上がりになってしまうわけです。

しかし、冒険活劇や英雄譚において主人公に突出した部分がなければ、それはそれでつまらないものになってしまいます。 チート設定は導入した途端エンターテインメント性が強くなり、チープな感じがする(子供っぽくなるとも言える)のは事実なのですが、「王道だからこそ良い」という部分もありますし、そういうジャンルも普通にアリなわけです。もちろん、好みはありますけど。

結局のところ、おもしろくなるかは書き手の能力次第なので、チートだからだめということはありません。 「どういうバランスのチートにするか」というのも書き手次第です。

それに、日本ではジャンプスタイルの「壁にぶち当たっての成長物語」こそが王道ですけど、アメリカの冒険活劇や英雄譚は基本的に主人公チートこそ王道ですし。 ちなみに、イギリスの冒険活劇は絶望につぐ絶望の果てに光に到達したと思ったら絶望というのこそが王道ですね。

ちなみに、異世界モノでも主人公があまりチートではない、ある意味では血なまぐさいものもあります。 例えば「Re:ゼロから始める異世界生活」や、「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」なんかですね。 これらはうまくいかない状態から克服していく過程こそが見所であり、一方的になぎ倒すのを楽しむ作品ではありません。その意味では、「成長物語」の色合いが強く、特に「ダンまち」に関しては「正統派ジュブナイル」とでも言うべき、愛と友情の冒険活劇ですね。

私は山も他にもないチートによる一方的な陵虐を眺めても何もおもしろくないと思うのですが、レビューを眺めていると(そもそもコンテンツに対する商品レビューというのはあまり価値がないものだと私は思いますが)壁にぶつかっている醜い姿が不快、というレビューが結構多いので、「過程なんか見たくないという読者も、実際多いんだなぁ」と思ったりします。

ただ、小説というのはそも全ての人に好まれるわけではなく、あくまで自己満足エンターテインメントですから、作家が「こういうのが面白い」というのを書けばよく、「そういうのが見たい」という人が読めばよいのですけれども。

ただ、文句つけている人たちも「自分の好みにあった作品を楽しめばいいだけで、自分の趣味と異なるテーマ性だから間違っていると叫ぶのは滑稽」と気づいたほうが良いのではないかなぁ、と思ったりはしますけどね。

異世界 = ゲームの図式

ただ、私はそんなことよりも気になるのが、「異世界モノが片っ端からゲーム世界になっている」ということです。

正直、「ファンタジーとゲームは別物」なんですよ。 ファンタジー作品はその世界で生きる人々の物語ですが、ゲーム世界だとその世界は生きていないし、主人公含め主要な(特別な)人物は現代社会を生きる人なので、部隊が現代社会になるんですよね。

ファンタジーゲームはあくまで「その世界観の中で楽しむから良い」のであって、「経験値」とか「レベル」とか「スキル」とか出てくると、私としてはすごく白けます。

なんでファンタジー、イコールゲームになってしまったのか。

まぁ、ソードアート・オンラインの影響は大きいでしょうが、あれはそもそもゲーム世界を舞台にしたものであり、ジャンルとしてはファンタジーではなくSFです。 だから、ファンタジー世界を描いたものでゲーム世界になっているものの原典かというとそんなことはないんですよね。

ですが、ある程度理解はできます。 それは、既知性です。

例えば、「女子高生の漫画をおじさんが描く」という話に対して私が述べたのは

感情に関しては観測可能な状態でさえあれば描けるけど、難しいのはコミュニケーション様態よ。私がいる状態で「いつもの」コミュニケーションはしないし、ここにもっともらしさがないと当該世代は「自分たちには関係ない世界のこと」に見えちゃう あと、ひとりで過ごしてるときどんな感じかってのは、小説ならごまかせるけど、漫画だとディテールが欠けるとリアリティに影響するから…

ということですが、「女子高生の日常に関して私の知識と経験が現在進行系ではないので難易度が高い」という話をしています。

基本的に作中に反映させようと思っても未知のことというのは難しくて、そのために私の作品にはバイクやクルマ、コンピュータを愛好するキャラクターが多く、ファッションやスポーツなどを好むキャラクターはあまり主要でないことが多く、釣りやサーフィン、狩猟などの私の興味の範疇にないものを愛好するキャラクターは登場しません。

もちろん、商業作品としてはそれが重要なテーマに関わる部分であれば時間と費用をかけて取材することになるわけですが、それでもテーマ部分でなくキャラクター部分に関わることだとそこまで入念な取材はできないのが一般的であり、知識と経験の引き出しが物を言うことになります。

今ファンタジー作品について、ゲームというのが最も身近なものであるというのは事実でしょう。 そして、ファンタジー世界について、妄想したり、他の作品を読んだりするといった手間をかけるほどの関心がなければ、卑近な「ファンタジー=ゲーム」という考えを用いること自体には不思議はありません。実際に、そうすることで共感を得やすい部分もあります。

ちなみに、「知らないことを描くのは非常に難しい」ため、SSと呼ばれる二次創作短編においてはやたらとキャラクターをオタクであるという設定にしようとしますが、これは自身を投影しやすいことや、描写において卑近なものを持ち出すことができるためです。 書いてみれば分かることでしょうが、「自分にとってなじみのある設定を持ち込むと書きやすくなる」のです。

ただ、それをしていると世界観や価値観が偏ってすごく独善的な作品になったり、薄っぺらい作品になったりします。 よい作品にするためには幅、そして多様さが必要なのです。

私はそのための工夫として、「主人公に自身が共感できる設定をつけない」ということをしています。

主人公ですからカッコよく描かねばなりませんし、読者としても共感できる、「主人公こそが正義だ」と思えるものにしなければなりません。それができないようでは作品として失格です。 対して、敵キャラには私の正義を投影します。そうすると、主人公と強く対立することになりますから、「こいつは本当に嫌なやつだ、敵だ」と読者は感じるわけです。しかし、敵には私の正義が投影されているわけで、薄っぺらい設定ではなく、ちゃんと信念や背景がある状態になります。これによってキャラクターや物語に深みが出るわけです。 その上で、主人公が敵キャラよりかっこ悪いなんてことにならないよう、しっかりと描けば物語が彩られていきます。

話を戻すと、SFとしてゲームを舞台にする、というのはわかります。 そして書く上でのハードルを下げるために、ファンタジーをゲームとして扱えば楽だということも理解はできます。

しかし、物語を書く上で、苦労したり努力したりするのは当然ではないでしょうか。 作者が苦労せず、努力せず、主人公が苦労も努力もしない物語を書いて、その物語は深みを得られるのでしょうか。

ゲームである必然性があるお話ならまだ良いです。SFでなくともゲーム世界を舞台にしつつも現実世界も描き、両者が関係あるように描く(描かれているのはファンタジー世界ではなく、現実世界でプレイされているゲームである)ものもそうですし、「コメディであったり平和的な作品なのでファンタジー世界で生きるというのは重すぎるのでゲームをプレイしている体にしたい(命の危険を扱いたくない)」というようなケースもそうですね。

しかし、特に深い意味をもたせずに「ゲームの中の世界に転生してしまった」というのは興ざめですし、ましてや「これはゲーム世界である」という定義付けもなく、ファンタジー世界に転生したことにしているのに、レベルだのステータスだのいい出しちゃうのは吐き気がするほど嫌いです。 これは好みの問題です。

異世界転生といっても色々

異世界転生モノというと、「チートな主人公が敵をばったばたなぎ倒しモテモテ」というのがテンプレートになっていますけれど、実際はそんな作品ばかりではありません。

異世界とチート能力という組み合わせは踏襲しつつも、異世界生活を満喫するもの、政略に巻き込まれるもの、文化的向上を目指すもの、などなど様々あります。 料理漫画などでも異世界を舞台にすると、説得力というか魅力が損なわれる一方で、より大胆な展開や演出、読者の予想を上回る物語を用意することができます。

また、剣と魔法のファンタジーではなくとも、「この世界では〇〇ということになっている」というファンタジーを持ち込む場合もあります。 「ガールズ&パンツァー」や「艦隊これくしょん」なんかもそうですし、この手のものに関しては非常に豊富に存在しています。 これは物語の根幹をなす設定として存在し、その設定そのものが荒唐無稽な物語を成り立たせるための一部になっています。

それと比べポピュラーな剣と魔法のファンタジーというフォーマットはし、それ自体での差別化が難しいため、「普遍的なテーマにおける描き方の勝負」になるわけです。

奇抜でオンリーワンな世界観の物語がアイディア勝負なのに対して、定番フォーマットというのは技術勝負ですから、安易に書きたいと思うのに選ぶにはちょっと向いてないようにも思いますね。

王道ファンタジーならば王道をどう料理し、なにをポイントにしていくのかというのが見せどころですし、ファンタジーを舞台にしつつも物語を違った形で組み立てるのもまた見せどころになります。

王道ファンタジー世界に関しては、様々な創作物に影響を受けて設定が継承されるために、時代と共に「〜の系譜」という形で影響を受けてきた作品を窺い知ることができます。「エルフは菜食主義か」とか、「ダークエルフは悪か」とか、「ドラゴンは悪か」とか、「ドラゴンに知性はあるか、また魔法は使うか」とか。

そんな私も書き始めました

タイトルは未定ですが、ついに私も異世界転生モノ書き始めました。 Eternal Earth以来で、結構前から「なんか書こう」とは思っていたのですが、ようやく私なりにテーマを消化できたって感じですね。

異世界転生モノが流行っているということで、なんか書こうかなとは思っていたんですが、流行ってるフォーマットがなかなか消化できなかったこと、異世界転生である必然性を組み込めなかったこと、異世界転生というフォーマットで書きたいテーマが思いつかなかったこと、などの理由からなかなか書けずにいました。

今回の作品は流行っているフォーマットを踏襲することを重視しており、

  • 主人公チート設定
  • あまり明確な理由付けのない異世界召喚
  • ハーレム状態

といった要素を網羅しつつ、毛色の違う作品に仕立てようとしています。 各としたらカクヨムで書くことにはなると思いますが、「なろう小説って〇〇」みたいな言い方をされない、ハードな作品に仕上げられたらと思っています。

書き出しは

暗い地下の円形の一室に、黒いローブ姿の男女二十名弱が魔法陣の中心に向かってぼそぼそと呪文を唱えている。魔法陣の中心近くには四名の裸の少女が縛り上げられ、転がされていた。

魔法陣は少しずつ赤い光を増してゆき、それと共に室内は黒い煙が満ち始めた。そして煙が満ち、視界が失われた頃、その煙の中心にひときわ濃い影が表れた。それと共に感嘆の声が上がる。

そしてその影はどんどん巨大化してゆく。そして現れたのは、筋骨隆々の巨大な裸体の男であった。

「…なんだ、ミノタウロスか」

ローブの男がつぶやく。

という感じです。このあたりは定番の形式を(書き方こそ違えど)踏襲していますが、

巨人は長く沈黙した。巨人が王を値踏みしていることは明らかであり、王は今取るべき適切な態度を考えた。少なくとも、交渉の余地はあるのである。でなければ、この巨人は考え込むようなことはしない。交渉の余地があるということは、この巨人は条件次第では考えを変えるということである。城を吹き飛ばしながらここに到達したことを考えれば、この巨人に逆らうことに意味はない。その逆鱗に触れれば、たちまち娘たちもろとも消え去ることとなるだろう。そして、この巨人は王という地位に関心はない。よって、偉そうにすればその機嫌を損ねる可能性が高い。かといって、遜れば交渉に乗らないだろう――

「話をする用意がある、ということか」

居館が震えるようであった。王は立ち上がると重々しく頷いた。

という感じで序盤からちょっと色合いの違う物語になります。

主人公は絶対無敵、この世に存在するあらゆる者にとって傷つけることすら叶わない怪物です。 ですから、「主人公チート能力」というフォーマットは完全に踏襲していますし、バランスを完全に無視した最強設定になっています。 そのため、能力上の成長の余地というのは、基本的にはありません。

そして主人公は傍若無人の限りを尽くします。

で、それを眺めるだけの作品…というわけではありません。この作品は、一方的な陵虐を楽しむ作品ではなく、不自由に思い悩み、苦しみ、あがいて希望の明日を追い求める作品なのです。 序盤、無敵の主人公は酒池肉林に溺れる(いや、この主人公お酒は飲みませんが)わけですが、主人公の心模様は物語の進行と共にどんどん変わっていきます。そして、その変化と共に不自由はどんどん増え、無敵の力をもちながら全てを望み通りにはできなくなっていきます。

もちろん、私の好みで描くお話ですから、ゲーム世界ではありません。 割とセックスアンドヴァイオレンスなお話ですけど、そこらへんは描写としてもだいぶあっさり流す感じで、物語のメインはヒューマンドラマです。いや、それはさすがにちょっと違うかな?

また、歴史を含め、社会科を最も苦手な科目とする私ですが、文化的描写に関してはなるべく頑張っています。 舞台となる世界は15正規のヨーロッパ程度の文化レベルであるため、現代の感覚(特に日本人の感覚)から言うと不潔であり、臭いわけです。それに、割と簡単に人を殺しますし、殺すことに対してさして問題にもなりませんけど、現代日本の感覚で言えば人を殺すなんていえば大事であり、当然ながら普通の人は人を殺す感覚なんて知らないわけです。 ですから、戦闘シーンもそれを踏まえたものになります。 あとは、王室のメイドがお姫様だったりとか…

あと、私らしい緻密な心理構築も今回もバッチリ。だってそれが専門分野ですもの、生かさなくちゃ。 魔法に関する設定が細かく、あまり自由が効かないようになっているのも毎度のことですね。今回は魔法は重火器のような扱いで、威力は絶大だけれど制約は重い感じになっています。

(追記)

カクヨムで掲載しました