悠のおはなしのおはなし

物書き、下地のお話

私自身は文筆に関してはまぁまぁ才能があるほうで、特にコラムなどあるテーマに対して言及したり解説したりすることは、私の持つ技芸の中で最も得意とするところです。

小学生のときにはセミプロとして書いていたりした、というのもありますけれど、特に中学生以降は現国のテストでは無双状態で、何も悩むことなくただ埋めるだけで満点でしたし。

物書きとして必要な能力は複数種あり、カテゴリに関係なく必須になるのが「言語に対するセンス」です。 「このように表現するのではないか」とか「この言い回しのほうがいいのではないか」とか、「この音のつながりは綺麗だ」とか、「この文は読みにくい」とか、そういう直感が働く能力です。 付随して、語彙力を育てる興味関心の強さや、良い文を生み出す原動力にもなります。

これはもう、幼稚園のときですら相当に差がついていたことを考えるとそもそものセンスという問題もあるのだと思います。 ただ、これは体系的知識なので、後から訓練でどうとでもなるものだと思います。

しかし、これ以外に関してはカテゴリによって大きく異なってきます。 コラムを書くときは物事を捉えること、解説するときに人がどのように捉え考えるかということに対する想像力が必要になりますし、小説を書くためには面白い物語を考える能力と、おもろしい描写を生み出す能力が必要になります。

このため、私はコラムやブログはほとんど手を止めずにどんどん書くことができるのですが、小説はどちらかといえば遅筆なほうです。 作詞したり、ラブレター書いたりするのは得意なので、ごく単純に「物語を面白く肉付けする能力があまり高くない」ということになります。

フォーマットの異なるシナリオは幾分マシですが、一番の問題は「本質に関係ないお話を書くのが苦手」ということであり、多分恋愛ゲームのシナリオを書くことになったらものすごく苦労することでしょう。 だから、短編は割と得意なんですよね。

ただ、根本的には、「文章を書く」ということは根源的な欲求だと思うのですが、一方で好き嫌いや得手不得手というものがすごく分かれるものだと思うんですよね。

そもそも学校で文章を書くことに関する授業ってとても少なくて、作文含め学校の現国の授業なんて基本的には忖度を学ぶ時間になっていますから。 私も小さい頃は、テーマに沿って正直なことを書いたら怒られたり(親をテーマにして書けと言われたので、虐待されていることを記述したところ怒られた)、お話を作る作文のときはプロットから組んでガチで小説書いたら怒られたり、でしたし。 本といえば夏目漱石みたいに教え込まれますし、本は神聖なものだみたいに言われますから、本の楽しみ方も知らないままになってしまいます。 これはもう、教育の中で積極的に嫌いになるように仕向けられている気がするんですよね。

けれど、文章を書くって、努力すれば報われるものですし、楽しいものでもあるんですよね。 私がブログを書く理由に、とにかく書きたいから書くネタが欲しいっていうのもありますし。

次回は、「とりあえず書いてみる」お話!