悠のおはなしのおはなし

後味よく、ほどよい深みのダークファンタジー 〜 アオイトリ

エロゲーらしい作品は久しぶり

最近ちょっとエロゲーやっていたのだけれど、純粋に恋愛物語なものばかりやっていて、エロゲーならではの作品は随分久しぶりにやりました。「借金姉妹2」以来でしょうか。

エロゲーらしいというのは、設定からしてファンタジーでかつエロスである、ということを意味しています。 ゲームでなくてもいいのですが、こういうぶっ飛んだエロ設定というのはアダルト作品でないとできません。 ちなみに、そういう設定で作品を書くのは大変なんだけど、楽しいらしい。私はやったことないのですけれどね。

すごく退廃的でエロエロな作品に見えますが、そうでもありません。本筋ほったらかしてヤリまくりということは全くなくて、むしろ本編中にエロが詰め込みきれなかった感じ。 そのため、クリア後にとてもエロシーンが増えます。

なお、エロシーンはとてもエロいです。その意味でもエロゲーらしい。

基本的には一本道

このゲームは選択肢はほとんどなく、構成としては

  • 共通ルートの最後でヒロイン選択(三択)
  • 全員のルート終了後、メニューからあかりルートが選択可能に
  • あかりルート終了後そのままあかりトゥルールートが開始

となっています。

これだけ見れば選択の余地がありそうに思えるけれど、共通ルートの時点では魅力を感じられるエピソードはほぼメアリーとあかりしか語られない。特に理沙はかなり印象が悪いくらいです。 だから、あかりが選べない以上、メアリーを選択する以外の道はないでしょう。実際、メアリーは非常にかわいらしく見えるし。

メアリールートでは理沙はあまり印象がよくないキャラクターのままになります。そもそも出番がほとんどない。 一方で小夜は少し絡んでくるため興味が湧くでしょうから、二番目は小夜を選ぶしかない。

そして消去法で理沙をクリアしてからあかりルートに入り、あかりトゥルールートに入る以外の道はない感じになります。

だから、よっぽどひねくれていなければこの作品は「事実上選択肢のない一本道のお話」ということになりますね。

小説にすると8から10巻分くらいでしょうか。共通ルート以外はほとんど使いまわしがなく、あかりルートとあかりトゥルールートは繰り返しになるにも関わらず繰り返しは省略して描写を変える、という大変茨の道を行く書き方になっています。

物語について

テーマ性

基本的には「信じること」が一番のテーマなのだと思います。どのルートであっても、猜疑心に囚われそうな状況で信じ抜くという展開です。 その結果は全て報われるようになっており、後味が良いのが魅力でしょうか。

副次的に意思の強さというのもあるでしょう。 どのルートでも死に直面した状況で、自己犠牲を完遂したり、あるいはそれに立ち向かったりします。 「あかりが普通であり、主人公は特別である所以」としてその意思が描写されますが、その描写がなされるときに明らかに「戸惑い折れかけている主人公よりも、全てを隠して演じきるあかりのほうが強い」と感じるものであるため、これは意図的に「普通で退屈である」という概念を裏返そうとして書かれたものでしょう。

善性とか、愛とか、そういうものも下地になっているようです。

各キャラクターの「愛のあり方」が明確に違って、対比的になっています。それぞれが強い愛情を持ち、それを表すのですが、そのあり方はそれぞれ明確に違います。 さらにいえば、「強さと弱さのあり方」も対比的です。それぞれが非常に強くあり、かつ非常に弱くもあるのですが、これまた「どのように強くて、どのように弱いのか」というのが異なるのです。 こういうのは描くのはとても難しいので、「やるなぁ」と思いました。

止まらない

先に述べたように、意図的に「選択肢はあるけれど事実上ないもの」として扱えるように書かれており、順番にストーリーが明かされていく形です。

ただ、赤錆姉妹に関しては明らかに本編とは関わりがなく、理沙ルート以外では絡んでもきません。 あかりルートに入っても赤錆姉妹の存在は影響を及ぼさないため、ストーリー全体から言えば「なくても構わなかった」ということもできます。

ではそこは中だるみするかというと、そんなことはありません。 そもそも他のルートではほとんど語られない理沙がルートでのみ魅力的に描かれるというのもあります。 そして、ストーリー全体について考えるときには結構重要な位置づけになります。

理沙ルートにおいて悪魔は決して嫌なキャラクターではありません。 メアリールートでは敵か味方かはっきりしないのに対し、小夜ルートでは明確に敵であると感じさせる一方、理沙ルートでは味方であるかのように振舞います。 ですから、レビューなどを見ても理沙ルートを見て悪魔は憎めないヤツだ、と述べている人が多いようです。

ですが、お話としてみれば理沙ルートが「最後」なのであり、このあとあかりルートになります。 そして、あかりルートでは最初からあかりは悪魔に対する敵意を持っており、悪魔を殺す決意を固めています。 「悪意も善意もないから殺す」というふうに語られており、つまりは理沙ルートの悪魔の振舞いがあかりにとってはその決意の決定打になった、というふうに読み取れます。

このように横道に思える理沙ルートを含めて、お話がどんどん展開するため目が離せません。ついつい遅くまでやってしまいました。

ただ、あかりルートがあまりにも強いため、最後までやってしまうとなんだか他のヒロインが軽々しく見えてしまいます。 「あかりが最後に全部もっていく」という感じですね。 結果的にクリア後は他ヒロインのシナリオを見直す気にあまりならない。

「嫌さ」がなかった

気持ち悪い展開、後味の悪い展開などは個人的には好みません。

この作品はダークな雰囲気からもわかるように、なんとなく「嫌な展開」や「嫌なキャラクター」がイメージされるのですが、最終的にやってしまえば「嫌だなぁ」と感じることなく終わることができました。 ヒロインはみんな可愛い。悪魔も嫌いになりきれないヤツです。

ただ、小夜ルートだけ救いのない、後味の悪いエンディングになります。 これについてはあかりトゥルールートによって救済されるのですが、だったら本編外となる小夜H4をトゥルールートの後日談にしてくれれば救われたのに…と思います。

緊迫感もあるけど嫌だなと感じるような展開にはならず、結末としても後味悪くない。 キャラクターも嫌な奴ではない。

ドロドロ嫌な話ではないのですが、展開自体はちょっと怖いと感じる人もいるかもしれませんね。

なお、嫌さがないのは、考え方や価値観が比較的私に近かったためというのもあるかもしれません。

結局誰がどれ?

あかりトゥルールートでキーになるのは、「律」「律とあかりの子供」「小夜ルートの律」そして「電話の悪魔」です。

最終的には律が子供に呼びかけるわけですし、最後の選択肢を考えてもトゥルールートでメールを送っていたのは子供です。

ところが、小夜ルートの律は「あかりの物語に巻き込まれた」と語っています。 どこで巻き込まれたのでしょうか。恐らく苛立つ子供にアドバイスしたのは小夜ルートの律なのでしょうけど。

さらに、あかりルートで一度メールを受け取っていますが、これは一見すると悪魔の仕業ということになりますが、それは本当でしょうか。 悪魔はこれ以外にメールを送るということをしていません。また、書き方は子供のものと同じです。 子供はあかりの一回目にも干渉していたのでしょうか。しかし、この場合意図が不明です。

さらに、あかりの二回目というのは、あかりの一回目で律が子供に呼びかけたことによって発生しているはずなのですが、これが律自身であるようにも描写されています。 実際、小夜ルートで語られる律の出自と重なるところではあるのですが、子供の中に律がいるという形なのでしょうか。 また、律が子供に呼びかけた結果あかりトゥルールートの結末が発生したならあかりルートのときにその結末にならなかったのはなぜなのでしょうか。

あかりルートのあとが描画されないため、どのように変化したのかわかりません。

色々と考察できますが、ややこのあたりは整合性を書いているようにも感じるので、著者の中で一貫していたのか気になるところです。

ただ、最後のことについては多少の想像はできます。 一回目の時点では子供はあかりに干渉しておらず、このときの子供の考えは「律を犠牲にしてあかりを生かし、自分が生まれる」であったととれます。 そして、あかりトゥルールートにおいて子供の提案をあかりが拒否し、意思が固いと知って子供が諦めることになるため、そこで絶望した子供に働きかけることで次の展開が生まれたと見ることができます。

回収されなかった伏線と設定

全部やるとすっきりしたような気持ちになってしまうのですが、ひとつだけ置き去りにされているものがあります。 それは、「理沙との初体験を覚えていない」という設定です。

理沙ルートでは繰り返しそのことを述べますが、これがタイムトリップに関係あると見ることはちょっとできません。 なぜならば、元世界での理沙は「律の貞操を奪った」と認識しており、新世界での理沙は「いつも律にリードされている」と認識しています。 ですから、元世界の(律のトラウマになっている)時間軸の中ではタイムトリップの事象はそもそもなかったことになっているはずです。

あたかも特別な意味を持つように語られているのですが、残念ながらそれは「忘れたからやり直す」ということだけになってしまい、結果的には理沙ルートが薄っぺらくなる原因となってしまっています。

また、律が「奪う能力である」という設定ですが、赤錆姉妹について「ふたりを抱いているから」で済ませているのも問題です。 メアリーや小夜のような特別な能力があってさえ、という話をしているので、ちょっと無理がありますね。

また、小夜ルートやあかりルートでは「触れたら自動発動」ということになっている律の能力ですが、メアリールートでは「使わない」ということをしていますし、途中「使っていない」という発言も出ています。 コントロールできるのかできないのかというのが一貫していません。全くコントロールできないという発言、完全オフにはできないという発言、使わないという発言が混在しています。 逆に小夜はコントロールできるという前提になっているのに、「能力を失って気軽に触れるようになった」という設定をつけてしまったのもどうなんでしょうね。 ちなみに、小夜は奪う能力がある描写とない描写が混在していて、描いている途中で変わってしまった感じがします。

小夜ルートに関しては、結局血を浴びせることで解決した形ですが、「律は死ねない」という設定は行方不明に。 さらにいえば、メアリーは少量の血を飲むことで「与えられた」状態になったこと、そして「血を飲ませる」という結論に至ったことを考えると、小夜ルートでも律が死ぬ前に小夜に血を飲ませる選択肢があったのでは、と思ってしまいます。 その直前に関しても、メアリーの血をどうやって小夜に飲ませるつもりだったのか不明ですしね。

あと、回収されなかったというわけではありませんが、あかりルートの最後の独白、いらなかったのではないでしょうか。 あかりの中にある黒い感情と愛情が全て、というほうが深く強烈だと思いますし、あのせいで却って安っぽくなってしまった気がします。

本編外の小夜H4で「みんなの前でした」との発言がありますが、妄想シナリオのハーレムHを除けばそのようなシーンはありません。

また、小さなことでありきちんとした説明が必要な部分ではないのですが、あかりルートの最終盤はあかりは盲目状態のまま進み、「盲目状態ながら見えている」という状態になりますが、 エピローグ以降も見えている(しかも盲目状態から復帰している)ことについて説明がありません。

エロシーン

エロシーンは各キャラクター同数入れるのが一般的なようです。 おそらく、クレームを避けるためでしょうか。

基本的にはアオイトリもこれに倣っていますが、サブヒロインである美果子は2シーンで、理沙は3Pシーンが2つあるため実質6あるように感じます。 あかりは7まであり、おまけヒロインであるゆきは1つだけ。ハーレムルートを含めるのであればハーレムルートは各キャラクター2シーンあるため、あかりが9で他の3人は6になります。

エロシーン4というのは一般的な数で、実際のシーン数としては転換してのシーンの有無があるため、6から10程度というのが一般的です。 今作の場合ほぼ8です。

しかし、エロゲーのストーリーの長さからすれば4シーンというのはあまりにも多すぎます。 例えばmaking*loversは16シナリオ前後半で32パートですが、エロシーンは4から5で、最大7パートがエロシーンに割り当てられています。 比較的ストーリーの長かったワガママハイスペックでさえも4シーン6パートのエロシーンは「とても多い」と感じました。

このゲームは設定がいかにもエロゲーなだけに、さぞかしエロエロなのだろうと思ったのですが、展開的には「設定どこいった」のレベルであり、「ヤリまくりハーレム」な設定でありながら冒頭のほかは各ヒロイン登場時一回ずつ(しかもメアリーはない)であり、挙げ句個別パートに入るときには「次にするのは誰かを選んだときだ」といい切っちゃう感じなので、設定からイメージされる展開では全くありません。 このため個別ルートでもかなり進まないとそもそもエロシーンが入る余地がない展開です。積極的に律を陥落させようとするあかりルートは別にして、ですが。

セーブ時にそのルートにおける全シナリオ数がわかるのですが(メアリーが14、小夜が11とばらつきがある)、結構いつまでたってもヤラないので「え、物語終盤になってただヤりまくってるだけにならない…?」ととっても心配になってしまったのですが、今作はそもそも「エロシーンを本編中に消化しない」という形になっています。 たとえば、アペンドシナリオという形でエロシーンがある作品というのも結構あります。ワガママハイスペックや、ゆずソフトのゲームの場合クリア後のおまけシナリオでエロシーンが追加される形ですし(ワガママハイスペックはこれを含めると各キャラクター5になる)、ファンディスクとしてそのようなものが追加される作品(making*loversはこの形で前半ストーリーパート、後半エロパートが2シナリオ各キャラクターに追加される)もあります。

形式としてはこれに近いですが、本作の場合数合わせを含めてエロシーンをおまけシナリオとして消化するようになっています。 特に「恋を知らない」設定のメアリーは成就するまでがかなり長いですし、成就した直後に急転直下の展開になっています。このことからエロシーンは本編中2、本編外2です。メアリーの場合、本編外のうち1つはアフターストーリーになっています。 小夜は本編中3、本編外1ですが、アフターストーリーではなく本編時系列の中で1本。あかりは本編中6、本編外1で本編外はアフターストーリーです。

つまり、本編時系列中の追加エロシーンということは、別に含めようと思えれば本編展開中にもっとエロエロすることはできた、ということです。 しかし実際にはそうしていません。

正直、エロゲーは「エロシーンが多すぎる」あるいは「強引過ぎる」と感じる作品が少なくありません。 これは今に始まったことではなく、「18禁である」ということは恋愛を表現する上での制約を緩めるという意味がある一方、「入れなければならない」という制約を生んでもいます。 過去にはストーリー的に不要なエロシーンを入れないという英断をしたゲームもありましたが、総じて評価はよくないと感じています。

しかし、本作ではストーリー的に不要なエロシーンを本編外に追いやることでストーリー的に有効なエロシーンだけを組み込むことに成功しています。 非常に素晴らしい発想だと思います。メアリールートであと2つエロシーンがあったら確実にだれていたと思います。正直、2シーンくらいであればストーリーの一部として見てられるのですが、4シーンもあるとさすがに飛ばしますし。 あかりルートはエロシーンがとても多いので私は結構飛ばしました。

非常に良い方法だと感じましたし、良い塩梅でした。特にメアリールートのお話が壊されることがなくてよかったです。

御影さんの話

御影さんの作品は以前に触れたこともあるのですが、個人的にはあまり印象はよくはありませんでした。 練り足りず、とっちらかった印象でした。

しかし本作に関していえば、その実力の高さを見せつけられた…という感じでしょうか。

物語を作る上で難しい要素というのは色々あります。

例えば設定を見失わないということもそうです。これは言うほど簡単ではなく、私はそれほど苦労せずにできるのですが(というより、常に設定を見ながら作っていますし、言葉遣いに関する明確なルールも用意しているのでキャラクター数が多くてもとっちらかったりしないのですが)、 多くの人にとってはそうではありません。ちゃんとキャラクター、設定、テーマをもって一貫した物語に仕上げるということは、プロでもできるとは限らないことです。

そして、筋の通ったシナリオを書くというのもそうです。 ショートストーリー集というのは非常に簡単で、それがエロゲーの一般的な形式でもありますが、本作は一本のシナリオになっています。 ショートストーリーの場合でも「長さを揃える」「日常の出来事だけでボリュームを埋める」というのは非常に大変だったりしますが、それとは別のベクトルで「おはなし」を書くのもとても大変です。

その点、本作は文句なしにしっかり練り上げられた良い「おはなし」でした。 出だしから最後までがちゃんと一本の線でつながっていて、無駄な描写は非常に少ない。唯一理沙との初体験を忘れた、ということに対する執拗な描写が活きていないことだけが気になる程度で、面白いか否かを差し置いても一本筋の通った物語を書くというのは賞賛すべきことです。

エロゲーのシナリオフォーマットというのはかなり特殊で、私がもし書くことになったらかなり時間をかけることになるでしょう。ボリュームを考えても、1年くらいは欲しいところです。 つまり、「お話を書ける」では済まない、結構特殊なスキルが必要になります。 こうしてブログで膨大な量を書いていて、文筆家としてプロでもあった私であってもそう簡単にはできません。

本作が完璧な作品ではないとしても、その手腕は感嘆せざるを得ない。 本作をプレイしてもっとも強く感じたのはその点でした。

ヒロインについて

キャラクター性

基本的には現実性は非常に薄い、架空の存在です。

ただし、典型的な二次元キャラクターというわけでもなく、実在の人物の精神性にも基づかないためちょっと独特です。 創作物ならではで、二次元的というよりは小説的です。

これは、ちょっと興味深いところです。

人間の言動は、実際にはかなり幅が狭く、情報さえ揃っていればかなりの高確率でその言動は予測できます。 オタク系キャラクターの場合、強く記号化されているため、もっと簡単に予測できます。それは様式美だとか色々な言い方で「良いもの」であるとされていますが、個人的にはあまり受け入れられません。そのため、私は流行りのアニメなんかはあまり魅力的に感じられません。

テレビドラマなどの場合も、また違った形で記号化されています。 基本的にはこれらは「描く側の認識と思考が記号に寄せられてしまった結果、現実を認識することができず記号に見える」ことによって生じます。 この場合ステロタイプなキャラクターが出来上がります。もし、記号に寄せたのであれば不自然なキャラクターが出来上がります。

しかし創作物一般で見ると、「作者それぞれの認識によって独自に記号化されたキャラクター」が登場することが多く、特に小説にはその傾向があります。 赤川次郎さんの作品に登場するキャラクターは赤川次郎作品キャラクターにしか見えませんし、内田康夫さんの作品に登場するキャラクターはやはり内田康夫さんのキャラクターです。 皆が皆そうというわけではないのですが、作品の世界観や、そのキャラクターの個性が、作者の認識という枠によって限定されてしまうという事象が発生します。

軌道の異なるキャラクターを描く、というのは非常に難しいことです。 私の場合、そもそも研究が下地になっているため、現実の人間をエミュレートした上でデフォルメしており、その時点でキャラクターにするか否かの選別をしています。 しかし、これでも現実の人間というのが(前述の通りかなり幅は狭いため)枠組みとして限定されてしまいますし、そのデフォルメ手法もどうしても限定的になってしまいます。結果的に、私は「現実離れした魅力的なヒロイン」を描くのがとても苦手です。 どちらかというとぶっ壊れている感じのヒロインか、めんどくさい感じのヒロインが多いです。

本作の場合、ヒロインに割と幅があります。対比的にかかれていたとしてもどうしても同じような捉え方の枠につかまりがちですが、かなり柔軟です。

しかしもっと疑問なのは、「どうしてこのような記号が発生したか」ですね。 わかりやすい記号、というか、「この捉え方、この認識ならこの記号に集約される」というのがわかる記号というのは結構あるのですが、小説を読んでいてもそうならないものもたくさんあります。 本作もそうで、このような考え方、振舞いをするキャラクターはどのようにして生まれたのか、結構不思議ですね。

イラストレーションについて

パープルソフトウェアの作品を買ったのははじめてなのですが、以前から「絵の綺麗なブランド」というふうに認識していましたし、それは確かなものだと感じました。

私が最近やっていたゲームはいずれもイラストレーション的完成度としてはあまり高くなく、Pixiv神絵師の絵をいくらでも見ることのできる昨今物足りない感じだったのですが、 この作品は期待通りの美しい絵でした。

白鳥律

チート設定の主人公です。 絶望的な展開を迎えるタイプの作品ほどの不自由はなく、作品中で浮くほど軽々しい感覚の持ち主です。

選択されたヒロインによって、そのあり方や考え方がかなり変わります。 そもそも世界観として選択するヒロインの違いは世界線の違いという扱いであり、各世界での律は「同じようで違う人」という扱いのようです。つまり、「ヒロインに感化されて変化するタイプ」であることを意味しているのではなく、誰のルートであるかによって「そのヒロインを選ぶような律」になるわけです。

総じて、正確な信念があるとか、困難に立ち向かう強さがあるとかいうわけではなく、ヒーロー度は割と低めです。 ヒロインがいずれも鋼の意思と信念を持つことを考えると、相対的にとても軽々しく見えます。

これは、「そこまでモテるのがなんか釈然としない」という意味であまりよくないことではあります。 それに関しては特殊能力と容姿という明確な理由付けがされているので疑問に思うほどではないのですが。 また、ヒロインのキャラクターを立てるためにヒロインに対応する形に染まる受動的な主人公というのは普通のことですが。

一方、私自身は「素直に称賛したい派」ですので、ひねくれたことを言わないのは非常に好感が持てました。 どうしても二次元作品の主人公って素直に褒めないのが多いですからね。

メアリー・ハーカー

「一番強くて一番脆い、一番真理に近くて一番無垢な」キャラクター。

みんなが可愛い可愛い言うキャラクターですが、本当に可愛いです。 作中で主人公が「天使」と繰り返しますが、実際天使のようなキャラクターで、それを見事に描写できています。

ただ、その可愛らしさはメアリールートに限られている感じで、メアリールートでは恋を知ってより魅力的になる一方で、メアリールート以外では無垢と言うより無知という感じがしてしまい、物語全体からみれば場違い感があります。

しかし、恐らく物語において「もっともヒロインらしいヒロイン」でありながら、「最も核心に遠いヒロイン」であることは意図的なものなのでしょう。 これは、引き立て役のようなあかりが、実際には最も核心へと踏み込むこととの対比になっているのだと思われます。

また、小夜ルートでも対比的に使われることから、あたかもメインヒロインであるような扱いを受けながら実際は引き立て役、という対比ありきになっているのだと思いますが、実際にうまいこと機能していて意図通りに乗ってしまいます。

メアリールート以外では生に対する執着が薄いことも、きちんとキャラクターに成り立ちに則っており、どうしてもないがしろになりがちなポイントだけに非常に評価できます。 ただし、その分メアリーの魅力が損なわれてもいるのですけれど。

実際にこんな子いたら天使すぎますけどね。人気の高さも納得。

黒崎小夜

「一番か弱くて一番強い」キャラクター。

全編を通じて最も魅力的なヒロインが小夜です。

小夜ルートでは可愛さを爆発させます。破壊力抜群です。 まんまと狙った通りなのだろうとは思うのですが、ニヤニヤが止まらず、終盤では胸が苦しくなりました。

しかし小夜の言動はあかりトゥルールートで集約されるようになっており、小夜ルートの律が登場することを含めて「あかりの物語」であるところの本作において、メアリーよりも物語の中心にいて、限りなく魅力的な人物であることがよくわかります。

小夜ルートでも、他のルートでも一番救われないヒロインでもあります。 小夜ルートの展開上アフターストーリーが書けなかったのはわからないでもないのですが、単にトゥルールートで救済するだけではなくて、イラスト1枚でもいいから小夜が報われた描写が欲しかった。 本作で私は一番好きなヒロインでした。

赤錆理沙・美果子

このふたりはセット扱いですが、律のことが好きな理沙と、相対的に律がいい美果子であるため、「理沙が主」になります。これは、選択肢が「理沙」である通りです。

このふたりのストーリーは基本的に「あかりが決意を固める経緯」になるものであり、物語全体から見ればあまり意味がありません。

理沙の魅力が語られるのが理沙ルートしかないこともあり、やや詰め込みすぎな感じもします。 一方、エロシーンが理沙4、美果子2、ふたり2で計8あり、うち3つが本編外であるため、しっかりアフターストーリーが楽しめます。

海野あかり

「一番臆病で、最強の女の子」。

もうオープニングからやばい空気を出しまくっているあかり。結局のところは「聖母」ポジションなわけですが、ため息の出る描写っぶりでした。

しかし、一方であかりの描写に関しては結構隙があります。 一番は、あかりルート以外のあかりは素ではないのか?ということです。

演技だった、と語られますが、あかりルート以前ではあかりが演技すべき要素がありません。 よってあかりルート以前は素のあかりで、あかりルートでは演技しているあかり、ということになります。

なんとなくそれ自体は納得できなくもないのですが、「素のあかり」と「あかりルートにおける素のあかり」とに差がありすぎます。 外面という問題ではなく、あかりルート以前のあかりの振舞いの動機が見えなくなってしまうのです。

これは、ちょっとギャップを出そうとしてあかりルート以前のあかりの描写に含みをもたせそこねた感じがします。

さらにいえば、ルート以前のあかりはその言動の裏側にあるものが全く見えません。あかりルートのあかりと整合性を取るのであれば、例え悪魔に取引を持ちかけられなかったとしてもそのような言動にはなりえない、という状態です。 ここに意味をもたせているのかもしれませんが、表出しないため、「違和感がある」で終わってしまいます。 もし、これが「あかりのギャップを印象づけるため」であるならば安易すぎます。あかりルート以前のあかりというキャラクターを大事にしていないように感じます。

あかりルート以前であかりからは「危うさを感じる」と描写されますが、あかりルートでは信念に基づいて徹底して行動するため、実際には他の誰より安定しています。 結局のところあかりは悪魔だけが目的だったのか、ということについては、恐らくは「皆から特別を剥奪する」という目的と、「悪魔を殺す」という目的、そしてあかり自身の「善意」がないまぜになった結果なのだという描写でしょうから、ここは明確な目的と整合性を持たせない描写は正しいのだと思います。 このことについては「悪魔を殺すことだけが目的だった」のは「最初から」とも言っており、一方で子供は復讐が目的だったと認識していることに対しても否定しないため、「どちらともとれる」状態に留め置かれています。

メインヒロインというか、アオイトリ自体が「あかりの物語」であり、律を含めて置き去りな感じもします。 あかりルートでは律の存在感が大変希薄です。

この作品はあかりのためにある感じですが、さすがに途中のインパクトが強烈すぎるのか、あまり人気はないようです。

柴田ゆき

普通の学園モノのヒロインっぽいキャラクターです。

この子がヒロインでも悪くない気がしますが、学園モノでもキャラクターが弱くサブヒロイン止まりでしょうか。ファンディスクで正ヒロインになるタイプですかね。

ゆきがクローズアップされるシナリオがあってもよかったかなぁ、とは思いますね。短めでもいいから。

1ルートクリア後におまけで登場します。

電話の悪魔

どうも本作に対する評価はレビューを見る限り電話の悪魔をどう捉えているかによって割れているようです。 悪魔が好きな人にとっては釈然としないし、悪魔が嫌いな人にとっては納得といったところでしょうか。1

これは「プレイヤーによる見方の違い」というだけでなく、意図的に捉え方が割れるように書かれているようです。

律は悪魔のことが割と好きなようです。悪魔に助けられる理沙ルートだけでなく、ひどい仕打ちを受ける小夜ルート及びあかりルートであっても律は「悪魔が悪い」とは考えませんし、小夜ルートでは敵であると認識しつつもやはり嫌っていたり、悪魔のせいにしたりすることはありません。 これは「悪魔を最悪としてそれを殺す」というあかりルートであっても変わらず、あかりのアフターストーリーにおいては律は悪魔をなつかしみ、「下僕であり、敵であり、はじめての友人だった」と述べます。 作中では「憎めないヤツである」ということを繰り返しますし。

同様にメアリーも肯定的ですが、小夜は中立、というか信用していないという感じです。 そして、あかりにとっては「絶対に許してはならない存在」として描かれます。意味付けとしては、むしろ「律が悪魔に対して肯定的だからこそあかりは悪魔を許さないのである」ということになるのでしょう。

作品世界的にはそのいずれの立場でも見ることができるのであり、プレイヤーがその作品世界を俯瞰するのではなく、作品世界に没入して悪魔を見るのであればどの位置から悪魔を見るかによって作品全体の見え方が変わる、ということでしょう。

システム

吹き出し

もしかしたらパープルソフトウェアの作品では普通なのかもしれませんが、一番特徴的だと感じたのは「メッセージウィンドウが固定ではなく、キャラクターに付随したメッセージサイズに合わせたフレキシブルなものである」ということでした。

これは設定によってオーソドックスなものにも変更できます。

ボイスの発音

ボイスカットのないタイプで、ボイスは次ボイスまで継続します。

ところが、複数の話者が同時に発音する場合のみ、ボイス発音時もボイスカットは機能しません。 このような状況は話者に対するリアクションに限られているため、結果非常に自然に感じる巧みな演出となっています。

動き

比較的動きの少ない設計です。あまり動かせる要素がないのかもしれません。 表情変化も少なめです。

全体的には一枚絵差分ががんばる、という感じでしょうか。 差分もそこまで多くはない印象ですが、それでもやや多めではある気がします。

音楽

大部分が暗い楽曲で、今はだいぶ少なくなったゲーム音楽らしい曲作りです。 私にとってはなじみのある音楽性、曲作りですね。

曲自体が強く訴えかけてくるわけではありませんが、BGMとしては非常に効果的で、とても良い音楽だと思います。

音楽は多くの曲が共通して同一テーマを使っていますが、大変に秀逸です。楽曲構成の難しさや、BGMとしての完成度、そしてアレンジメントとテーマの活かし方、ノートエディットの巧みさ、トラック構成の幅などを考えるとコンポーザー・クリエイターの技倆の圧倒的な高さを感じます。 いわゆる「神曲」方向ではないのですが、私にとっては「見事な業で素晴らしい仕事をした」と評するほかありません。まさに劇半とはかくあるべし、という感じです。

テーマ曲は3曲あり、挿入歌は非常に贅沢な使われ方をします。あまりじっくり聴くことはないかもしれませんが、クライマックスシーンはぜひじっくり楽しんでほしいところです。

主題歌の「アオイトリ」はその歌詞が本編とリンクしており、クリア後にフルで聴いてみたらぞくぞくきました。 全ヴォーカル曲およびそのインストゥルメントトラックを含む2枚組サントラCDは初回限定特典で、入手は難しいかもしれませんが、ぜひ手に入れてほしいところ。一応、まだ新品もあるにはあるようです。 もう2曲も本編とリンクした歌詞であり、クリア後にじっくりと曲を聴いているだけで文章では描かれていない心情や感情、風景が流れ込んでくるようです。

ただ、3曲ともあかりのテーマだと思うのですが、「タビダチノトリ」はあかり以外のエンディングで使われます。 あかりルートでタビダチノトリ入れてもよかったような…

本編では物語の対比になっている「君の望む結末」と「私の望む結末」ですが、視点入れ替えという割と安いギミックに冷静になってしまい(ところが、実際には読みとちょっと違う展開を進むために冷静なつもりで冷静でなくて)物語に浸りながら読み進めてしまうので演出の細部まで見損ねてしまったのですが、楽曲を直接に対比するとその心情と空気感までどのように違い、どのように捉え、お互いがどう見えていたのかということが鮮明に浮かび上がってきます。 これを踏まえて「二人だけのカーテンコール」を聴くと本編ではトゥルールートを含めて語られなかったあかりの秘めた想いが伝わってきます。

ゲームの一部を構成するものとしての音楽としては、文句なしの満点でしょう。

むすび

ストーリーの構成、ストーリーの意味付け、伏線回収、そして物語を彩る絵と音楽と演技、そのいずれもが非常に素晴らしく、作品の調和、完成度としては驚愕すべきものでした。 言外にして明確に意味付けを判断できるのは物語を構成するものの完成度故と言えます。

これは好き嫌いや良し悪しとはまた別の尺度ではありますが、少なくとも完成度の高さ故に強烈に心に残るものであるのは確かでしょう。

この記事は何度も何度も改稿されています。 それは、そもそもこの記事が最初の記事であり、このサイトがテクニカルプレビューとしての意味があったために早く公開したかったというのもあります。 この記事がどこまでも長くなりそうで、早く仕上げて公開したかったのです。

ですが、それでもこの記事を書くために作品の検証はしました。最初、書き尽くしたつもりでいました。 しかしながら、再度細かく検証していくと、気付かなかった「細部に至るまですごいこと」をどんどん発見し、加筆せずにはいられないのです。

いずれ記事にするつもりではいますが、それぞれの分野の、主張の異なる人たちが集って作り上げる「ゲーム」というものが妥協なく一体となったとき何が起きるのかということを思い知ると共に、 本物の才能を目の当たりにした気持ちです。

この作品が一番好きというわけではありません。 しかし、間違いなく、今までで一番インパクトがあり、その芸術性から「一番素晴らしい作品だ」と感じています。ものすごく心に入り込んでくる感じですね。 そこまで好きでないのは、純粋に登場キャラクターが全員そこまで好きになれない感じだから、に尽きるでしょう。

しかし、作品としては好きでもあります。 完成度や芸術性もそうですが、キャラクターやストーリーの嫌味のなさ、最終的には誰も不幸にならないストーリーは私の好みでもありますから。 ダークで重苦しい作品ではありますが、一本道シナリオでバッドエンドもなく、その上で誰も不幸にならないというのは結構私と趣味が似てるのかな…なんて思わなくもありせん。

才能の集結が弛みなく最高の作品を織りなすのは間違いなく奇跡であり、この作品の凄みというのは長く色褪せないだろうな…と思います。


  1. 個人的にはあんまり好きになれませんでした。↩︎